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特集対談

将棋の里見香奈女流王位(26)=女流王座、女流名人、女流王将、倉敷藤花=に渡部愛女流二段(24)が挑戦する第29期女流王位戦五番勝負が5月9日に開幕する。昨年の里見は、5つ保持する女流タイトルをすべて防衛した。今期は通算5期で獲得できる「クイーン王位」が懸かっている。渡部は初のタイトル戦出場で、タイトル奪取を狙う。戦いを前に抱負を聞くとともに、先ほど引退された女流プロ第1号の蛸島彰子女流六段と青野照市九段に、勝負を占ってもらった。

対談:青野照市九段 × 蛸島彰子女流六段

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渡部女流二段が挑戦者になりました。
青野照市九段
青野
リーグ戦の出だしの2局、どちらも難しい将棋を勝ちきり、この連勝で勢いがつきました。
蛸島
挑戦者決定戦はずっと形勢判断の難しい局面が続いたが、秒読みの中でそれを制したのは力がついてきた証拠。負けた清水市代女流六段もリーグ戦では5連勝しました。また、タイトル戦の舞台に戻ってくることを期待したいです。
――
その渡部女流二段の実力や棋風は?
青野
タイトルを狙える数少ない女流棋士の一人だと思っています。昨年度の後半のように高勝率を維持できれば、いずれタイトルに手が届くでしょう。
蛸島彰子女流六段
蛸島
昔は振り飛車党でしたが、北海道の先輩・中井広恵女流六段のアドバイスで居飛車の将棋を指すようになり、芸域が広がりました。流行している戦型をよく研究しています。
青野
女流棋士がこれまで避けていた難しい戦法も指している。振り飛車以外に、居飛車系の読みを取り入れることで、これからも地力がついてくると思います。
蛸島
以前、男性棋士に勝ったことがあります。それから結果の出ない時期もありましたが、着実に力をつけてきました。性格もよく、周りの人に好かれています。
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対する里見女流王位は?
蛸島
彼女は女流棋界の宝。男性棋士がびっくりするぐらい勉強していると聞いて、タイトル保持者はこれぐらいやっていることを後輩たちに伝えたいです。
青野
今の女流棋界は、里見さんになかなか勝てない雰囲気を感じます。タイトル保持者ということもありますが、奨励会三段リーグで戦っていたのが、プレッシャーになっているからでしょう。
蛸島
残念ながら、奨励会は退会することになりましたが、大好きな将棋と共に前進していってほしい。
青野
いま女流五冠。女王をとれば全冠同時制覇になる。これは達成しておきたい記録です。
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五番勝負の見どころは?
蛸島
里見さんの中飛車、渡部さんの居飛車と対抗形になるでしょう。渡部さんは里見さんの中飛車からいろいろ吸収してほしい。
青野
渡部さんの中飛車対策が注目です。里見さんも中飛車に自信を持っているので、2、3局は同じ戦いになるかもしれない。どっちが先に作戦を変えさせることができるか。そこが見どころです。二人とも終盤型の将棋ですが、渡部さんとしては、終盤の入り口でリードされてしまうと勝つのは厳しい。逆に少しでもリードして迎える展開にしたいでしょう。
蛸島
渡部さんはタイトル戦を地元で指せるということで、とても喜んでいました。せっかくの機会なので、無心で挑んでほしい。5局まで見たいですね。
青野
蛸島さんから始まった女流棋界。先輩たちが積み重ねてきた実績に、若手も続いてほしい。里見さんに勝つのは簡単ではないが、渡部さんにはその突破を目指してほしいです。

若手が続くきっかけに

 昨年度の女流棋界は、24歳の伊藤沙恵女流二段が大活躍した。女流王位戦を皮切りに女流王将戦、倉敷藤花戦、女流名人戦と4つの棋戦で挑戦者になった。
 しかし、里見香奈女流王位の壁は厚かった。女流王位戦こそフルセットだったが、他はいずれもストレート負け。伊藤にはつらい結果になってしまった。
 ただ、伊藤は里見に迫る数少ない棋士であることには違いなく、今後の活躍に期待したい。
 女流棋界では強い里見だが、四段(男性と同じプロ)を目指して、挑戦していた奨励会は年齢制限により退会することになった。
 三段リーグが終了後、初の公の場となった、3月27日の女流名人就位式。そこで里見は、奨励会を挑戦させてもらったことへの感謝とともに、今後は取材やイベント出演を積極的にこなしていきたいと話した。
 その表情は、これからは自分が女流棋界を引っ張っていく―そんな決意を感じられた。奨励会退会のショックは少しあるらしいが、心配は無用のようだ。
 今期の女流王位戦紅白リーグ表から、女流棋界の現状が見えてくる。
 まず、目につくのが清水市代女流六段、中井広恵女流六段、山田久美女流四段のベテラン勢だ。3人は予選から勝ち上がってきた。それだけにとどまらず、清水は挑戦者決定戦進出、山田はリーグ残留という結果を残し、存在感を示した。
 また、中堅も激しい星の取り合いをみせてくれた。白組では、2勝3敗で本田小百合女流三段と藤田綾女流二段、千葉涼子女流四段の3人が並び、前期成績上位の本田が残留するという混戦ぶりだった。
 逆に若手は、前期残留の山根ことみ女流初段と、予選を抜けた渡部愛女流二段の2人しかいない。少し寂しい気がするが、その分、挑戦者になった渡部はよく頑張ったといえるだろう。
 その渡部は「女流プロになってから、強くなりたいという気持ちにブレはなかった」と話す。奨励会経験者が多い女流棋界の中で、そこに在籍せずに強くなれたのは、たゆまぬ努力があってこそだ。
 対する里見も、奨励会に入ってからの勉強量はすごかったと聞く。渡部にはそんな里見を恐れず、5番勝負に挑んでほしい。
 それを見た若手が、伊藤や渡部に続くきっかけになれば、女流棋界は盛り上がりを見せるだろう。

(新聞三社連合=藤本裕行)