特集

第21棋 特集対談

 今期から開催時期を秋から初夏に移した「第21期女流王位戦」5番勝負は、5月13日に札幌市で開幕する。2期連続通算15期の獲得を目指す清水市代女流王位(41)=女流王将=に、先月初タイトルを奪取したばかりの甲斐智美女王(26)が挑戦。両者によるタイトル戦は初めてで、新鮮な組み合わせとなった。近年、里見香奈女流名人・倉敷藤花など、若手の成長に注目が集まっている女流棋界。ここで甲斐女王が勝てば、一気に世代交代が進むかもしれない。本棋戦18期連続出場を誇る清水女流王位にとっても、今回の5番勝負は譲れない戦いだ。開幕に先立ち、中村修九段と豊川孝弘七段に勝負の行方を占ってもらった。

中村修九段×豊川孝弘七段、五番勝負を占う!

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甲斐女王が挑戦者になりました。
中村修九段
中村
今期のリーグ戦、紅組は石橋幸緒女流四段と中井広恵女流六段の活躍が目立った。白組は混戦で、上田初美女流二段、甲斐女王、岩根忍女流二段の3人によるプレーオフになりました。
豊川
最近活躍している実力者が勝っている。女流棋戦の持ち時間は2時間が多いですが、リーグ戦は3時間です。持ち時間が長いと本来の力が出しやすいので、番狂わせが少ない。
中村
以前だとトップグループと2番手グループに差がありましたが、最近の女流棋界は全体的にレベルが上がっている。特に甲斐女王はトップに近いところまで来たと感じます。
豊川
甲斐女王は奨励会経験者だけど、これまでなかなか大舞台に出てこなかった。しかし最近は勝負に欲が出てきたのかな。
中村
石橋女流四段との挑戦者決定戦は、甲斐女王に勢いがありました。実力を発揮して、ようやく出てきたという感じですね。
豊川孝弘七段
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甲斐女王はどんな棋士ですか?
豊川
女流棋士になってから、15歳のときに奨励会入りするという棋歴を持っています。その時に僕は奨励会幹事をしていました。物静かで全然目立たなかった。勝負師としてこっちが心配するぐらいでした。
中村
矢内理絵子女流四段、千葉涼子女流三段らのころは女流棋士と奨励会の両方に所属できましたが、甲斐女王が入った時はどちらかを選択しなくてはいけなかった。彼女なりに苦労があったと思います。
豊川
見た目はひょうひょうとしていますが、日々の研さんはすごいでしょう。将棋も人柄もバランスがとれている。
中村
最近は将棋がしぶとくなってきた。
豊川
最近の成績をみても、きつい相手ばかりに勝ちっぷりが見事。
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清水女流王位の棋風、調子は?
中村
清水女流王位とはずいぶん練習将棋を指しました。粘り強い将棋という印象です。これはトップ棋士に共通していることですが、みんな粘り方がうまい。
豊川
ねじり合いになってからが強いです。それにしても5番勝負18期連続出場はすごい。
中村
今年冬に行われた女流名人位戦5番勝負で、挑戦者の里見香奈倉敷藤花(当時)に3連敗で敗れました。
豊川
最近の成績を見てみると、あまり調子はよくなさそう。自信が揺らいでいるのかもしれない。今は苦しい時期でしょうが、将棋盤に集中してほしい。
中村
5番勝負が進むにつれ、調子を上げていくでしょう。
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5番勝負の見どころは?
中村
里見女流名人・倉敷藤花と甲斐女王は、後手番のゴキゲン中飛車が得意だ。やはり中飛車が中心になると思う。
豊川
居飛車対振り飛車になることは間違いない。甲斐女王はオーソドックスな三間飛車も指します。
中村
甲斐女王は振り飛車党に転向し、自分に合った戦法を見つけました。居飛車党の清水女流王位の振り飛車対策が見ものです。
豊川
清水女流王位と甲斐女王は波長が合うのかなと見ます。僕は甲斐女王の指し手や感覚を理解できるところがあります。
中村
甲斐女王は数年前からNHK杯の読み上げ係を担当しています。男性プロの将棋を間近で見て、かなり勉強になっているでしょう。
豊川
清水女流王位も男性棋士の若手と研究会をやっています。最新型の将棋が見られるかもしれません。
中村
清水女流王位にとっては、今年冬の女流名人位戦に続いてここでも敗れてしまうと、世代交代となるかもしれない。正念場といえます。
――
勝敗予想は?
中村
甲斐女王は先行する必要があるでしょう。清水女流王位は自分の形を持っています。清水女流王位にペースを握られて、甲斐女王が後手後手に回る展開になるとつらい。
豊川
持ち時間4時間がくせ者だと思う。清水女流王位は慣れていて、逆に甲斐女王はその経験がなく未知数なので。
中村
甲斐女王は第1局をとることが大事。調子が良いので勝つと自信になるが、逆に落としてしまうと流れが変わるかもしれない。
豊川
3勝2敗で清水女流王位の勝ちと見ます。甲斐女王の勢いも見逃せないけど、経験の差と女流王位戦ではケタ違いな強さを見せていますから。
中村
初タイトルを獲得し、他棋戦でも好調の甲斐女王が3勝2敗で奪取と予想しますが、どちらが勝つにしても接戦になるでしょう。

女流棋界の現状

 現在、女流棋界のトップ10は4層に分かれる。
  40代前半の第1層に清水市代、中井広恵(※)、斎田晴子、30歳前後の第2層に矢内理絵子、石橋幸緒(※)、千葉涼子。長く頂上争いを演じてきたこれら2層を追う新勢力が、20代後半第3層の甲斐智美、岩根忍、20歳前後第4層の里見香奈、上田初美という図式だ。
  昨年末の時点で女流棋界の5大タイトルは、清水市代が女流王位、女流名人、女流王将の3冠、矢内理絵子が女王、里見香奈が倉敷藤花をそれぞれ保持。1年間を通した活躍度でも第1、2層の安定感は相変わらずで、第3、4層にとってまだまだその壁は厚いのではないかと思われていた。
  ところが今年に入り、状況がにわかに変化しつつある。2月に女流名人位戦五番勝負で里見がストレートで清水を退け、2冠目を奪取。4月にはマイナビ女子オープン五番勝負で甲斐が矢内を3―0で破り、初タイトルを獲得したのである。
  第3、4層の2人が第1、2層の2枚看板を圧倒したこの出来事は、女流棋界の勢力バランスが一変する前触れといえるのかどうか。まもなく始まる女流王位戦5番勝負は、世代対抗戦という意味でも興味が尽きない。 ネット将棋では、3月に終了した大和証券杯女流最強戦で昨年に続き中井が優勝し、健在ぶりを示したが、さて……。
  4月16日に行われた第37回将棋大賞の表彰式では、里見が最優秀女流棋士賞、清水が女流棋士賞を受賞した。今年から新設された女流最多対局賞は、岩根と上田の2人が歴代9位の「36局」で獲得。対局数の多さはタフさの証明であり、第3、4層の充実を裏付ける。
  さかのぼって4月2日には、女流棋士会ファンクラブ「駒桜」の創設が発表された。会員には会員証が発行され、就位式や各種イベントで特典を受けることができる。女流棋士会普及大使の斎田は「これまで以上にファンの方たちと交流を深めていきたい。楽しい集まりを企画して盛り上げていくことができればうれしく思います」と話す。
  今秋には「駒桜」の主催で、清水がコンピュータの挑戦を受ける特別対局が実施される予定。こちらはもう、第1層も何もない。ただただ人類代表の女流第一人者に幸あれと願うばかりである。

(文中敬称略。※=LPSA所属女流棋士)〈将棋観戦記者・小池大志〉