特集

第22棋 特集対談

 甲斐智美女流王位(27)=女王=に清水市代女流六段(42)が挑戦する第22期女流王位戦5番勝負が4月27日、札幌市で開幕する。前期とは攻守立場が変え、甲斐は初防衛、19期連続5番勝負出場の清水は復位を狙う。5番勝負に先立ち、両対局者に抱負を聞くとともに、「今年も熱戦になりそう」と話す田中寅彦九段と島朗九段に勝負の行方を占ってもらった。

対談:田中寅彦九段×島朗九段

――
清水女流六段が挑戦者になりました。
田中寅彦九段
田中
紅白リーグの紅組4勝1敗で優勝の清水さんと白組5戦全勝優勝の里見香奈女流三冠=女流名人、女流王将、倉敷藤花=の挑戦者決定戦は、里見さんの中飛車に清水さんの居飛車穴熊という戦型から、清水さんが一方的に攻める理想的な展開。快勝だった。
里見さんは他の戦法で結果を出してきているので、今回の戦法選択にはうなずけないところがありました。三冠の里見さんといえども、序盤の失点を挽回するのは厳しい。
田中
今一番勢いのある里見さんにこういう勝ち方をしたのが、清水さんのすごいところ。それで成し得たのが19期連続5番勝負出場です。
これはもう、女流王位戦に「縁」があるというようなレベルではないでしょう。
田中
今回の5番勝負で勝てば、女流王位戦での「成人式(20期連続5番勝負出場)」を迎えることにもなりますね。
島朗九段
――
その清水さんの棋風は?
居飛車一徹で作戦面でも頑固なところがありますが、相手の研究をして自分のフォームをしっかり持っている。それにうまい手を指すのでなく、ひどい手を指さないことを心掛けている将棋だと見ています。
田中
80点、70点の手が多いという印象がありますね。
清水さんは、今は無冠だが、衰えを全く感じさせない。羽生善治名人らとも共通して言えることですが、ストイックさが崩れていません。
田中
まだ進化していると思います。逆にわれわれが見習わないといけないなと思うこともあります。まさしく、プロのかがみですね。
――
挑戦を受ける甲斐女流王位は。
地味ですけど、実力派という言葉がピッタリとくる女流棋士。これまでは矢内理絵子女流四段の陰に隠れていましたが、居飛車党から中飛車に変えて、ブレークしましたね。
田中
奨励会の修業経験があるのでもともと強かったと思うが、女流棋界にも慣れてきて、勝つコツをつかんだように感じます。
切れ味があるし、清水さんよりも大技を狙ってくるイメージ。終盤力もある。実は私、今度、NHK杯戦で甲斐さんと対戦することになり、今から震えています。しいて甲斐さんの課題を挙げれば序盤でしょうか。昨年の森下卓九段との対局は、序盤の粗さを突かれて負けています。
――
5番勝負の見どころは?
田中
今期も前期と同様、清水さんの居飛車対甲斐さんの振り飛車という戦型になるでしょう。タイプの違う二人がどのような将棋を見せるのか、楽しみですね。
清水さんも甲斐さんの振り飛車に目が慣れただろうから、対策は立てやすいと思います。逆に、甲斐さんの将棋がどれだけ変わったかが、注目点です。
田中
防衛を目指す甲斐さんにとっては、試練になるでしょう。
でも甲斐さんにとっては、里見さんより先輩の清水さんが出てくる方が、「防衛する」という意識が薄くなるような気がします。マイナビ女子オープンの挑戦者・上田初美女流二段のように、後輩だと「負けられない」という気持ちになるでしょうけど。
田中
それはそうかもしれないね。甲斐さんにとっても、清水さんの方がやりやすいかも。
タイトル戦で勝負を決めるというのは、最後は人間の勝負。終盤でタフな方が勝ちきることになる。お互い闘志を内に秘めて戦う方ですが、根気の勝負になると思います。
――
今期タイトルの行方は。
田中
いい勝負だと思うけど、3勝2敗で清水さんと予想します。私は清水さんの女流王位戦の「成人式」が見たいですね。
甲斐さんが「防衛する」という気持ちを捨てきれれば、昨年と同様に力を発揮するのでないか。甲斐さんが先勝すれば、防衛の可能性が高くなるのかなと。そういう意味で、第1局の結果はすごく大きい。
田中
大震災があった中で将棋が指せるというのは幸せなこと。被災された方々が早く将棋を楽しめるような、そういう復興ができるよう、日本将棋連盟棋士会も街頭募金活動に取り組みましたが、二人にもその思いに応える勝負を見せてほしい。
私も連盟の東日本大震災対策本部長を任命されました。しっかり務めていきたいと思います。両対局者には被災地を励ますような大熱戦を期待します。

新たな波

 王位戦と女流王位戦は同じ新聞社が主催しており、いわば同じ親から生まれた兄と妹の関係である。同じ血が通う兄と妹は、さすがによく似ているものだ。女流王位戦は20年の歴史を経たあと、昨年の21期で甲斐智美女流王位が誕生した。長く女流王位戦の顔であり続けた清水市代前女流王位を下しての快挙だったことで、新時代の到来を強く印象づけた。
 王位戦の方は50年という長い歴史を刻んでひとつの節目を迎え、昨年、51期として新たな一歩を踏み出した直後に若い広瀬章人王位が誕生した。
 両棋戦で相前後して同じような現象が起きたことは、けっして偶然ではない。女流棋戦に限って見ても、第一人者の清水さんから次々とタイトルを奪った10代棋士・里見香奈女流三冠(女流名人、女流王将、倉敷藤花)が、ここ1、2年、話題を一身に集めている。歴史は日々刻まれ、やがて時代が動く。将棋界はいま、まさにそのうねりの真っただ中にあるのだ。
 とはいえ、地面に引かれたラインを一気にまたぐように女流棋界の時代が移行してしまうかといえば、そうとも言い切れず、それはやはり清水さんという存在の大きさだ。今期女流王位戦での清水さんは紅組優勝を果たしたあと、挑戦者決定戦では、里見さんをものの見事に粉砕した。そのあたりのことは、このページの専門棋士による予想対談の中でも語られるだろうが、ともあれ清水さんがこれまで築き上げてきた棋歴を集約するような完璧な攻めだった。
 その清水さんと昇竜の勢いにある甲斐さんの闘いだ。今期5番勝負が前期以上の激戦になるのは間違いないだろう。甲斐さんは女流王位にマイナビ女子オープンの女王のタイトルを併せ持ち、現在二冠王。非公式戦とはいえ、恒例の王位対女流王位の新春お好み対局で広瀬王位に競り勝ち、その強さが紛れもなく本物であることを証明した。甲斐さんと清水さんの対戦は、どの角度から見ても興味は尽きない。
 日本はいま、未曽有の困難の中にある。東北地方の被災には言葉を失う。こんな中、棋士がすべきことは全身全霊で将棋盤に向かうことだろう。日本はへこたれないぞ、元気いっぱい頑張るぞという姿を、両対局者にはまさに日本の伝統芸である将棋を通じて、力いっぱい見せてほしいと思う。

(将棋観戦記者・高林譲司〉