特集

第23棋 特集対談

 甲斐智美女流王位(28)に里見香奈女流三冠(20)=女流名人、女流王将、倉敷藤花=が挑む第23期女流王位戦5番勝負が26日、兵庫県姫路市で開幕する。前期、フルセットの末、防衛を果たした甲斐は3連覇を目指す。里見は女流タイトルの半数を保持するものの、女流王位挑戦は今回が初めてとなる。このシリーズで4つ目のタイトルを狙う。5番勝負に先立ち、両対局者に抱負を聞くとともに、第2局の立会人を務める先崎学八段と、関西の若手棋士を引っ張る山崎隆之七段に勝負の行方を占ってもらった。

対談:先崎学八段×山崎隆之七段

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里見女流三冠が挑戦者になりました。
先崎学八段
先崎
女流王位戦紅白リーグの成績を見ていると、女流棋界全体のレベルアップが強く感じられます。しかし、矢内理絵子女流四段と石橋幸緒女流四段が負け越したのは意外でした。
山崎
4、5年前だと、矢内女流四段や石橋女流四段らが、清水市代女流六段や中井広恵女流六段らと争っていたので。それにしても、今の女流棋界は若手の突き上げが厳しい。戦国時代ですね。
先崎
日本将棋連盟主催で女流棋士研究会というのが毎週開かれていて、いろいろな男性棋士と対戦しているんですが、それがいいんでしょうね。非常に勉強になっていると思う。
山崎
挑戦者決定戦では里見女流三冠が寄せを間違えて、清水女流六段に粘られてしまった。19期連続5番勝負出場を目指した清水女流六段の執念もすごかったが、里見女流三冠はよく踏ん張った。
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里見女流三冠の棋風は?
山崎隆之七段
先崎
最近の里見女流三冠の将棋は、奨励会でもまれて少し幅が広くなりました。昔は腕力にものをいわせて雑な感じだったけど、今は局面が崩れたところでの対応がうまくなりました。
山崎
同感です。この一年で、ものすごく棋風が変わりました。攻めの棋風と辛抱強い指し回しとが、だんだんなじんできた感じがします。以前は単調な将棋でもそこで見せる攻めの棋風には迫力があった。今はおとなしい将棋になったが、その代わりに負けにくい将棋になりました。
先崎
棋風が艶やかになってきたというか、大人の将棋に変わりました。
山崎
実は挑戦者決定戦が終わったその日、里見女流三冠から「将棋を教えてください」と言われ、夜に何局も指しました。強くなりたいという気持ちと、根性を感じます。
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挑戦を受ける甲斐女流王位は?
山崎
甲斐女流王位の将棋を並べてみると、外見のおっとりとしたイメージと違い、意外に攻めに積極的な将棋だった。あと、見切りがすごくいい。攻め合いで勝てるとみたら、だいたい踏み込んでくる。
先崎
うん、パンチ力の将棋だね。積極的な棋風だし、激しい変化になったときに強みを発揮するタイプ。最新形もよく研究していて、詳しいですね。
山崎
最近の将棋を見ていると、負けた対局でも内容は悪くない。調子が上がってきているように思います。また、序盤でも工夫している様子が見られます。
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5番勝負の見どころは?
先崎
甲斐女流王位にとっては最強の挑戦者を迎え、試練の防衛戦と言えるでしょう。逆に、棋風の変わった里見女流三冠の将棋を吸収するいい機会とも言えます。
山崎
里見女流三冠はこの一年で、スキがなくなってきたように感じます。甲斐女流王位が勝る部分は攻めの切れ味だと思います。鋭さを感じます。
先崎
甲斐女流王位としてはパンチ力を生かして、序盤から主導権を奪って勝ちたい。混沌(こんとん)とした展開になると、里見女流三冠の方が強いと思う。
山崎
石田流と中飛車。二人は同じ戦法を得意にしています。
先崎
これまでの対戦を見ると、やはり相振り飛車が多いし、このシリーズでも本命の戦型ですね。どちらが振り飛車にする機会を相手に譲るか、というところも注目点。
山崎
甲斐女流王位は自分の得意形を磨いている。だから戦法で迷うことはない。里見女流三冠が居飛車で臨む可能性はあると思うけど、勝ち星でリードしないとできないでしょう。それに、二人の間では居飛車対振り飛車の対抗形になると、振り飛車側が圧勝しています。
先崎
甲斐女流王位が勝つためには、対局をこなしながら甲斐女流王位自身が強くなっていくことが必要だと思います。
山崎
甲斐女流王位は第1局で勝ってペースを握りたいですね。それで第5局を迎えたい。
先崎
総合的に考えれば、里見女流三冠にやや分があるような気がするけど、甲斐女流王位には奨励会などのこれまでの経験を生かして、女流王位の意地を見せてほしいと思いますね。

主役を争う二人

 女流名人、倉敷藤花、女流王将の3冠を保持する里見香奈。女流王位の甲斐智美。女王の上田初美。そして、女流王座を持つ奨励会1級の加藤桃子。
 今の女流棋界は文字通り、百花繚乱(りょうらん)の時代である。
 甲斐は28歳。上田は23歳。里見は20歳。加藤は17歳。いずれも若い。だが、女流棋界の世代交代が完全に進んでしまったわけではない。
 前期、2011年度の女流棋界には陰の主役がいた。その名は清水市代。女流第一人者の清水は43歳になるこのシーズン、年間対局数55局、年間勝利数40勝の新記録を作ったのだ。
 前期の清水は4度タイトル戦に出て、すべて負けた。年間15敗のうちタイトル戦での敗戦が11敗を占める。あとは4敗だけ。こんな記録はめったにあるものではない。それだけに無冠に終わったのは不運だったが、力が衰えていないことも証明してみせた。
 その清水と戦うことによって、若手たちも伸びたのだ。その典型が里見である。
 先の女流王位戦挑戦者決定戦もやはり里見と清水の戦いになった。里見のゴキゲン中飛車に清水の居飛車。終盤に入って逆転した里見だったが、清水の粘りにあって混戦に。その後も熱戦が続き、最後の最後で里見が競り勝った。手数実に213手。それは里見の闘志と清水の執念の象徴といえよう。
 この戦いを制したことで、里見も胸を張って女流王位の甲斐に挑戦することができる。

 もちろん、甲斐も清水と戦って強くなった棋士の一人だ。甲斐が2連勝したあと、清水が2勝を返した前期女流王位戦5番勝負の印象は今も強烈に残る。最終第5局の激戦を制したことで、甲斐も完全に一皮むけたといえる。
 奨励会初段に在籍し、女流3冠を併せ持つ里見が女流棋界の完全制覇を視界にとらえているのは間違いない。だが、挑戦を受けて立つ甲斐にも意地がある。
 もし今回の女流王位戦5番勝負で甲斐が里見の挑戦をはねのけることができれば、女流棋界の主役の座に並び立つことができる。
 どちらにとっても大きな勝負である。
=敬称略=

(鈴木宏彦=観戦記者〉