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特集対談

里見香奈女流王位(24)=女流名人、女流王将、倉敷藤花=に岩根忍女流三段(35)が挑戦する第27期女流王位戦5番勝負が5月12日に開幕する。里見は昨年、女流王位を奪還すると、その後も2つのタイトルを奪って女流4冠になるなど好調が続く。今期は女流王位初防衛を目指す。岩根は2度のタイトル戦出場の経験を持つ実力者。初めて挑む女流王位戦で、初タイトルを狙う。5番勝負を前に、両対局者に抱負を聞くとともに、戦術に詳しい勝又清和六段と女流棋士会副会長の村田智穂女流二段に勝負の行方を占ってもらった。

対談:勝又清和六段×村田智穂女流二段
勝又「里見さんの作戦に注目」/村田「内容の濃い将棋に期待」

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紅白リーグから挑戦者決定戦を振り返って。
勝又清和六段
勝又
今期も熱戦が多く、紅組は岩根忍女流三段が勝ち上がった。最終戦は最後まで諦めずに指したことで逆転につながった。
村田
白組は首位を走っていた本田小百合女流三段が産休のため最終戦を不戦敗。清水市代女流六段が優勝となりました。
勝又
清水さんは昨年度、里見香奈女流王位に3勝するなど、充実していた。岩根さんはその清水さんに攻め勝ったのだから、立派な挑戦者です。
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その岩根さんの将棋は?
村田智穂女流二段
村田
昔は四間飛車や中飛車を指していましたが、最近は三間飛車を愛用しています。
勝又
いまはゴキゲン中飛車のように動いていく振り飛車が流行しているが、昔ながらの角道を止める振り飛車を指す。振り飛車の天敵である居飛車穴熊に組まれてもまったく苦にしていない。
村田
女流は振り飛車党が多いので、相振り飛車もよく指しています。対戦していると、筋のいい将棋だと感じます。今は子育て中心の生活。将棋の勉強は十分できないみたいですが、インターネットなどの棋譜中継は見るようにしているそうです。
――
迎え撃つ里見さんは?
勝又
ここ数年は振り飛車だけではなく、いろいろな戦型も指すようになった。戦術の幅を広げようとしているのでしょう。
村田
慣れない戦法を指すのは勇気がいることなのに、タイトル戦で相居飛車の将棋を指すところがすごいですね。
勝又
昔は攻め一辺倒の棋風でしたが、いまは受けを意識した将棋を指す。まだ発展途上の感じですが、力は着実につけている。
村田
最近は研究会をしたり、記録係も務めたりと、病気休養前と同じように、将棋に打ち込んでいます。
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5番勝負の見どころは?
勝又
両者はタイトル戦で一度対戦していて、その時は相振り飛車ばかりでした。今回は里見さんの居飛車対岩根さんの三間飛車の対抗形が多く見られると思う。
村田
そうですね。最近の里見さんは相振り飛車を指していないので、その可能性は高いでしょう。これまでの対戦では、対抗形は2局あります。
勝又
ただ、岩根さんが昔の里見さんの印象を持ったままで戦うのは危険。里見さんはここ数年で別人のように強くなっているから。
村田
岩根さんは長考派で、序中盤で時間を使うことが多い。持ち時間が4時間と長いことは大きいでしょう。一手一手内容の濃い将棋が期待できそうです。
勝又
里見さんの作戦に注目したいシリーズ。岩根さんが、里見さんの居飛車穴熊に勝てれば、奪取する可能性があると思います。

スマホと人間力の融合

 この10年間で、将棋界では強くなったものが3つある。それは、コンピューターと子供、女性である。
 コンピューター将棋の進化を知らない人はもういないだろう。囲碁界でも世界チャンピオンが人工知能(AI)に負けて話題になったが、将棋界ではもう数年前からコンピューターが人間のレベルを超えている。今は多くのプロ棋士がコンピューターを敵ではなく、研究のパートナーとして積極的に取り入れている時代だ。
 子供の上達ぶりもすごい。指導者のレベルが上がり、よい教材がそろい、さらに、スマートフォン(スマホ)やパソコンでプロの棋譜がいつでも見られる環境になったことにより、子供の成長速度は格段に上がった。小学3年生でアマ四段といえば、昔なら大天才だったが、今はそのくらいの子供たちがごろごろいる。
 女性の上達もすごい。強くなった子供たちのなかには少女もたくさんいて、それが女流棋士予備軍として将棋界に入ってくる。最近の新人女流棋士のレベルは10年前より大駒1枚強くなったといわれる。里見香奈と西山朋佳が奨励会三段になったのも、その延長線上にある。
 コンピューターと子供と女性の上達はそれぞれ別物ではなく、実はリンクしている。インターネット環境の成熟による情報のデジタル化がそれぞれの上達をもたらしたのだ。
 今回の女流王位戦では3人の男の子のお母さんである岩根忍が挑戦者になった。普段は子供の世話にかかりっきり。将棋の勉強をする時間はほとんどないというお母さんがなぜ挑戦者になれたのか。
 「スマホで棋譜中継を見るのが、今できる唯一の勉強法。それで強くなれるかどうかは分かりませんが、私にはすごく役立っています」と岩根。スマホの棋譜中継が子供の成長速度を上げたのみならず、ママさん棋士の活躍の可能性を広げたのだ。
 もちろん、岩根には基礎の部分に、「人間としての将棋の強さ」がある。それがなければ、タイトル戦の挑戦者になどなれるはずがない。しかし、その人間の強さがスマホによって、さらに磨かれる。スマホと人間力の融合。今はそういう時代である。 
=敬称略=

(鈴木宏彦[すずき・ひろひこ=将棋観戦記者])