【対談 藤井猛九段 加藤桃子女流四段】

 藤井聡太王位(21)=竜王・名人・王座・棋王・王将・棋聖=に、渡辺明九段(40)が挑戦する「伊藤園お〜いお茶杯第65期王位戦」(新聞三社連合主催)七番勝負が、7月6日に開幕する。4連覇中の藤井王位が防衛し永世王位の有資格者となるか、王位戦初挑戦の渡辺九段が奪取するのか。両対局者に意気込みを聞くとともに、藤井猛九段(53)と加藤桃子女流四段(29)に七番勝負の展望を語ってもらった


藤井猛九段×加藤桃子女流四段

藤井猛九段
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両者の棋風をどう見るか。
加藤
藤井王位は、いつも堂々とした将棋を指されます。相手が練ってきた作戦から逃げないで受け止める印象です。渡辺九段も堂々としていますが、対戦相手を見て戦略を変える柔軟性を持っています。
藤井
藤井王位は鋭い攻めに注目が集まりがち。しかし、受けがしっかりしているからこその強さがあります。渡辺九段が一番強さを発揮するのは、玉がひとりぼっちになるときだと思っています。そのようなとき、あと一歩攻め駒が足りないという形にして逃げ切るのが絶妙にうまい。玉がひとりになっても倒れないという独特の強さがあります。渡辺九段も攻めに目がいきがちですが、自玉周辺の危険度の感覚が人一倍優れています。これは両者ともに言えることですね。
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どんな七番勝負になりそうか。
藤井
藤井王位は序盤の研究がしっかり行き届いています。中盤も巧みで終盤はご存じの通り完璧です。七番勝負は先手番のときに勝ち続け、後手で1回勝てばいいので、先手で勝つことができるかが重要になってきます。挑戦者としては、先手番で藤井王位に勝たないと始まりません。先手を落としていたら、1勝4敗とかで終わってしまいます。渡辺九段が先手で勝てるかどうかが大きいところです。ただ、両者のこれまでの対局を見ると、序中盤では互角に戦っているので、意外と真っ向勝負もあるのではないでしょうか。藤井王位に真っ向勝負でも戦うことができるのが、渡辺九段だと思います。
加藤桃子女流四段
加藤
渡辺九段が先手なら、相掛かりや矢倉といった得意戦型に誘導すると思います。研究で勝てる見込みがあれば、角換わりの採用もあるでしょう。藤井王位の先手だと、主軸は角換わりでしょうが、後手の渡辺九段は雁木や振り飛車などに変化するかもしれません。
藤井
唯一、藤井王位に苦手っぽいものがあるとすれば、空中戦でしょうか。飛車角だけが中段で動き回る戦いで、藤井王位が力を出せなかったケースがあります。渡辺九段はそういう将棋がうまく、挑戦者決定戦もそれで勝っています。
加藤
渡辺九段が後手で横歩を取らせる可能性はありますね。あとは力戦型となることも考えられます。
藤井
最近の渡辺九段は直近の5連敗もあり、調子は良くなかったはず。それが、王位リーグに星が集まり、不思議な気持ちでの挑戦だと思いますが、渡辺九段の沈んだ後の復活力には怖いものがあります。かなりの激戦になる予感があります。
加藤
渡辺九段は、思い切ってぶつかっていかれるのではないでしょうか。戦術面や作戦のとり方において、二日制の戦い方を熟知されているので、今までの経験をどのように反映されるか楽しみです。

【七番勝負の展望】

 両者の対戦成績は、藤井聡太王位20勝、渡辺明九段4勝。藤井が2020年の棋聖戦で渡辺に挑戦して以降、タイトル戦で5度の対戦があり、いずれも藤井が制している。渡辺は昨年の名人戦で藤井に敗れ、04年に竜王獲得以来、絶やさなかったタイトル保持が途切れた。
 無冠になった後は「対藤井戦のことを考えるのをやめていた」と渡辺。次のタイトル戦に向けて準備をする気持ちはなくなっていた、と言う。しかし、一度リセットするように藤井将棋と距離を置いたことは、いい充電になったようだ。
 「借りを返したい」。挑戦者決定戦の終局直後、七番勝負に向けて語った渡辺の眼光は鋭く、そばで聞いているとひるみそうになるほどだった。戦略家の挑戦者が準備してくるであろう藤井対策は、今までのように相手の予想を外す序盤戦術に重点を置くのか、それとも新機軸があるのか。これがシリーズの鍵を握る。
 藤井にとっては、5連覇の懸かる防衛戦。勝てば永世王位の有資格者となる。七番勝負の最中、担当記者として対局室に入ると、藤井は人の出入りに気づいていないのではと思わせるほど盤上をにらみ、ひたすら将棋の局面を読んでいる場面に出会う。楽しそうな表情さえ見せる藤井を見ると、考えることが本当に好きなのだなと感じる。その姿は、理想の将棋を追い求める気持ち同様に、初挑戦のときから変わらない。シンプルに最善を目指すのが藤井将棋なのだ。
 両者の過去の対戦を振り返ると、終盤で藤井が追い抜く展開が多い。それは渡辺が序中盤では先行していることを意味している。「対藤井戦では終盤で先に間違えていることが多い」と自ら分析する渡辺が、絶対王者の追い込みを振り切る展開にできれば、七番勝負の行方はわからなくなる。(新聞三社連合・森本孝高)