【予想対談 佐藤天彦九段 和田あき女流二段】
5連覇中の藤井聡太王位(22)=竜王・名人・王座・棋聖・棋王・王将=に、永瀬拓矢九段(32)が挑戦する将棋の「伊藤園お〜いお茶杯第66期王位戦」(新聞三社連合主催)七番勝負が、7月5日に開幕する。藤井王位が6連覇を果たすか、初出場の永瀬九段が奪取するのか。両対局者に意気込みを聞くとともに、佐藤天彦九段(37)と和田あき女流二段(27)に、七番勝負の展望を語ってもらった。
佐藤天彦九段×和田あき女流二段
- 佐藤
- 藤井王位は、意識的なのかは分かりませんが、その局面で一番良い手を指し、定跡を構築しようとしている雰囲気があります。矢倉や相掛かりを指されていた時期もありましたが、今は角換わりに固定しており、先手の有利を最大化する方針を採っている印象です。
- 和田
- 藤井王位は、詰め将棋を解くのが正確かつ速いことで有名です。持ち時間がなくなっても、終盤で詰む詰まないのところがすごく正確だなと感じます。
- 佐藤
- 永瀬九段は横歩取りも含め、幅広くいろんな作戦を指しこなします。本来、先手番の利をものすごく求める棋士ではなく、後手の不利を相対化する棋士だったのですが、藤井王位と戦う中で、藤井王位と考え方が近くなってきているのかもしれません。
- 和田
- 永瀬九段は終盤、じっくりと指す印象があったのですが、最近は鋭く踏み込んで決める将棋が増えているように感じます。両対局者は正統派の居飛車党で、最近は角換わりを多く指しています。2人の中での定跡があるのかなと思うくらい、かなり深いところまで研究が進んでいます。
- 佐藤
- プロの世界で角換わりは優秀な戦法だと捉えられており、七番勝負は角換わりの将棋がメインになると思います。角換わりはお互いに角を持ち合っているので、打ち込ませないための陣形を組まないといけない。そのためバリエーションは少なく、定跡が狭い方向に収れんしていく傾向にあります。その中で、いつ先手が仕掛けるか、後手が仕掛けさせるか、お互いが考えているわけです。
- 和田
- 後手番が変則的な角換わりを選ぶことも増えてきたように感じます。
- 佐藤
- 角換わりは、素直に進めると後手番が少し苦しい、という認識がある程度共有されています。春の名人戦七番勝負では、後手番の苦しさをどう工夫するか、がテーマとなっていました。王位戦も同様になりそうです。
- 和田
- 相掛かりや矢倉の可能性は。
- 佐藤
- 先手番の場合、角換わりの緻密な研究をやっているので、それを捨ててまで別の戦法に移る動機付けはあまりない。そうなると、先手番は角換わりを志向するわけで、角換わりに対して、後手番がどういう工夫をするかが課題となりそうです。金を引くタイミングをずらすなど、ミクロの部分で違いを出していくことになります。
- 和田
- 王将戦で、後手番の藤井王位が2手目に3四歩と突いたのが話題になりました。
- 佐藤
- 永瀬九段の膨大な研究量は、さすがの藤井王位でもプレッシャーに感じているはず。研究家の永瀬九段との連戦で、藤井王位も、2手目3四歩みたいな変化球を投げざるを得なくなっているのかもしれません。
- 和田
- 細かい序盤の駆け引きが続く将棋になりそうですね。王将戦や名人戦とは違った変化が出るのか、注目したいと思います。
【担当記者展望】
両対局者が、相手の印象を「立ち居振る舞いを尊敬している」と語っている。これからタイトル戦で雌雄を決しようとする二人が、このように発言する例は珍しい。
藤井聡太王位と永瀬拓矢九段は、VS(ブイエス)と呼ばれる二人で将棋を指す研究会を、2017年から月2回、1回につき3局のペースで行っている。タイトル戦が続く今は休止しているが、互いに高め合う間柄だからこそ、真摯に将棋と向き合う姿に敬意を払うことができるのだろう。
永瀬九段は、対局がなければ、常に研究会をする棋士として知られる。そんな永瀬九段であっても、「ここ5年間、棋力が伸びずに止まっていた。今年に入って、藤井王位との七番勝負を王将戦、名人戦で経験したことで、向上を実感できた」という。
手応えのない中で、研究漬けの生活を続けられるのは驚異的だなと思った。将棋が強くなりたい、という意志がなければできることではないし、自分のスタイルを変えてもいいという柔軟さがあるからこそ、研さんを続けることができるのだろう。
藤井王位は「新しいことも試してみたい気持ちはある。可能性を前もって切り捨てる必要はない」と、悠然としていた。まだまだ将棋は奥深いものなので、一端をのぞいてみたいという藤井王位の心の声が聞こえてくるようだ。
敬意と探究心のぶつかる夏の七番勝負は、変化を恐れない対局者による、深遠な勝負が繰り広げられる。(新聞三社連合・森本孝高)