【対談 深浦康市九段 広瀬章人八段】

 藤井聡太王位(20)=竜王、名人、叡王、棋王、王将、棋聖=に、佐々木大地七段(28)が挑戦する伊藤園お〜いお茶杯第64期王位戦(新聞三社連合主催)七番勝負が、7月7日に開幕する。3連覇中の藤井王位が防衛を果たすか、佐々木七段が王位を奪取するのか。両対局者に意気込みを聞くとともに、深浦康市九段(51)と広瀬章人八段(36)に、七番勝負の展望を語ってもらった。


深浦康市九段×広瀬章人八段

深浦康市九段
――
佐々木七段の棋風について。
広瀬
相手の得意とする形を堂々と受けて立ち、長い将棋になることをいとわない粘り強い棋風ですね。
深浦
序盤作戦を用意してくるタイプです。挑戦者決定戦の羽生善治九段戦は、相手のパンチを受けている印象がありましたが、致命傷を避けて、のらりくらりと指してチャンスを待っていました。先手なら前に進む手を選ぶ傾向はありますが、後手だと受け身に回っているので、バランス型かなと思っています。
――
藤井王位の棋風について。
広瀬
やはり終盤力。中盤から終盤にかけての能力が高い。特に角換わりについては、先後どちらも常に深く考えている印象です。
深浦
終盤型の棋士として、鳴り物入りでデビューした後、序中盤も手厚くなっていきました。七冠になったいまは、どこにも隙がありません。藤井王位は、初見の局面に非常に強く、正確に最善手を見つける能力が将棋界でナンバーワン。対戦相手の工夫に対し、藤井王位が対応していく経験を重ねた結果、ますます厚みが出てきたなと、貫禄すら感じます。
広瀬章人八段
――
七番勝負の展開は。
広瀬
佐々木七段は相掛かりが得意な棋士。藤井王位は、後手番で相掛かりに対応する新たな対策を練っているはずです。藤井先手なら角換わり、佐々木先手なら相掛かりになる可能性が高いのではないでしょうか。
深浦
佐々木七段のストロングポイントは相掛かり。先手なら採用するはずです。今回の棋聖戦より前の対戦は2勝2敗で、すべて相掛かりでしたが、当時、藤井王位は先手でも相掛かりを志向した時期でした。いまの藤井王位は角換わりを採用すると考えるのが自然です。
広瀬
先に行われる棋聖戦の勝敗、内容が重要。自分の指したい形をぶつけて、それがうまくいっていると思えば、そのまま王位戦に入ることができます。うまくいかないと思ったら、変化球を考えなければいけません。展望は極めて難しいですが、第1局、第2局のどちらかで、佐々木七段は勝っておかないと厳しくなるのではないでしょうか。
深浦
藤井王位は、相手が誰であれ自分の将棋を貫いています。終盤に入れば切れ味鋭く、最短で勝ちをつかみにいく。佐々木七段は、そういう展開にしないようにしたいところでしょう。第1局、第2局は、お互い時間を使いながらスローペースで進んでいくと予想します。
――
七番勝負の楽しみ方でファンにアドバイスを。
深浦
王位戦は全国各地で行われるので、前夜祭や大盤解説会などいろんな場所に行っていただき、王位戦を堪能してほしいですね。
広瀬
私はちょっと視点を変えて。佐々木七段は健康に気を使うタイプという印象なので、どういうご飯、おやつを頼むのか気になっています。佐々木七段が盤上、盤外でどのように立ち居振る舞うのかも注目ですね。

【七番勝負の展望】

 佐々木大地七段は今年、棋聖戦で八大タイトル初挑戦を決め、王位戦でも挑戦権を獲得した。連続挑戦は、抜けた実力がなければできることではない。いま、一番勢いのある棋士といっていい。
 王位戦挑戦者決定戦の直後、佐々木は浮つくことなく取材に応じていた。落ち着いた挑戦者だなという印象を持った。
 佐々木はよく色紙に「刻石流水」と揮毫している。受けた恩は心に刻み、相手にしてあげたことは水に流すように忘れる、という意味。周りの支えによって、いまの自分がある。そんな佐々木の声が聞こえてくるような言葉だ。タイトル戦で指せる感謝を胸に、第一人者との七番勝負に向け、準備を進めている。
 対する藤井聡太王位は、6月に名人を獲得し、七冠を達成した。20歳ながら、将棋界のトップランナーである。
 次は八冠≠ゥと周囲は騒がしい。ただ、王位、棋聖を防衛し、王座戦を勝ち進まなければ、その頂に到達することはできない。まだ道のりは遠い。
 もっとも藤井は八冠≠意識することなく、一局一局を積み重ねるだけと考えている。気になってしまうはずの雑音を意識せず、ひたすら将棋と向き合っているところに、藤井の精神的な強さを感じる。
 七番勝負を前に、先手で採用しようと考えている作戦を聞くと、「角換わりを目指すことが多くなる」(藤井)、「相掛かりをメインに」(佐々木)と、それぞれが明言した。駆け引きはせず、正々堂々と戦うという意思表示である。
 両者、奇をてらうことなく、最も自信のある戦型を目指そうとしている。だからこそ相手の得意戦法に対し、後手番でどう対応するかが、序盤のポイントとなる。切れ味抜群で鋭角的な藤井と、懐深く曲線的な佐々木。中終盤で繰り広げられる互いの将棋観のぶつかり合いにも注目したい。
 王位戦と棋聖戦五番勝負を合わせて約4カ月間、「十二番勝負」を争う。とことん戦い尽くし、両者にとって成長の夏となることを期待したい。さわやかな戦いが、将棋界に新しい風を届けることになる。(新聞三社連合・森本孝高)