羽生、試練の防衛戦

 第57期王位戦は、木村一基八段が3度目の挑戦に名乗りを上げた。予選4連勝、挑戦者決定リーグ(白組)5連勝、挑戦者決定戦が1勝で、あわせて10連勝の快進撃。阿部健治郎七段、菅井竜也七段、豊島将之七段といった骨のある若手を危なげなく下した勝ちっぷりに、内に秘めた闘志と気負いのない境地の両立がうかがえた。親しみやすくユーモラスな語り口が、テレビ解説やイベントで絶大な人気を集める43歳。「本業でも、ちょっと本気を出せばこんなもの」とばかりに見せつけた円熟の芸が頼もしい。第57期王位戦挑戦者決定戦終局後の模様
 とはいえ、迎え撃つ羽生善治王位(45)は現在5連覇中で、通算獲得回数は17期を数える。まさに「絶対王者」と呼ぶにふさわしい実績と実力の前には、誰もがひれ伏すしかない。が、そんな羽生にも、本年度はいつになく不安の影がちらつく。5月30、31日に行われた第74期名人戦7番勝負第5局で、羽生は挑戦者の佐藤天彦八段(当時)に敗れ、トータル1―4で名人位を失冠。4冠(王位、名人、棋聖、王座)の牙城が崩れ、3冠に転じた。名人戦では過去にも、第69期から3期連続で森内俊之九段(45)の軍門に下っているものの、今回はいささか趣が異なる。佐藤新名人は28歳。長く将棋界に君臨する40代の王者が、20代の精鋭に屈したという端的な図式が何を物語るのか。激動の予感をはらむ、象徴的な出来事のようにも思われる。
 6月3日に開幕した第87期棋聖戦5番勝負でも、羽生は23歳の永瀬拓矢六段を相手に初戦を白星で飾れなかった。本稿執筆時点(6月上旬)ではまだ展開は見えないが、暗雲垂れ込めるスタートになったのは否めない。王位戦が佳境を迎える秋口には、王座戦5番勝負の防衛戦も始まる。羽生にとっては試練の長期ロードが続く。
 木村はこれまで、羽生にいつもあと一歩のところで苦汁をなめてきた。棋聖戦、王位戦、王座戦の番勝負で手痛く負かされ、竜王戦挑戦者決定戦でも2度涙をのまされた。羽生のみならず木村もまた、勝負師として難しい年齢に差し掛かっている。ここで上昇気流に乗らないと、チャンスがそう何度もないことは本人が百も承知だろう。層の厚い3学年上の「羽生世代」に、文字通り頭が上がらなかった若さの弱み≠どう克服するか。若手の台頭にあやかって、木村自身が逆転の発想で若さの強み≠発揮できるかどうかが、今期シリーズの大きな見どころとなろう。

(小池大志[こいけ・ひろし]=将棋観戦記者、敬称略)

対談

 羽生善治王位(45)=王座・棋聖=に木村一基八段(43)が挑戦する将棋の第57期王位戦7番勝負が7月5、6日、愛知県犬山市で開幕する。羽生は王将戦で敗れたのに続いて名人を失い、3冠に後退。王位6連覇を目指す今期に不安を残す。対する木村は2期ぶり3度目の王位挑戦。今期は予選から10連勝で名乗りをあげ、その勢いで初のタイトル獲得を狙う。両者は2年前の第55期で対戦し、4勝2敗1持将棋(引き分け)で羽生が制した。今期白組リーグに在籍していた山崎隆之八段(35)と、両対局者の研究会仲間でもある松尾歩八段(36)に勝負の行方を占ってもらった。

山崎「王位戦に懸ける思い」/松尾「熱戦が期待できる」

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挑戦者は木村八段に決まりました。
山崎
僕は木村八段と同じ白組リーグにいました。リーグ戦開幕前はみな横一線、自分にも優勝のチャンスがあると思っていました。
松尾
そのリーグを5戦全勝と勝ち抜けました。リーグ最終戦、森内俊之九段戦の内容がよくて、強く印象に残っています。全勝は大変ですし、調子はいいと思います。
山崎
リーグ戦はあらかじめ先後が決まっており、対策を立てやすい面はあります。事前の研究をしっかりして、対局に臨まれたように感じました。
山崎隆之八段
松尾
豊島将之七段との挑戦者決定戦は、ぎりぎりの勝負にも見えましたが、うまく勝ちきりました。
山崎
中盤で駒得して、終盤は自分が勝ちやすい局面を作り、終始押していました。
松尾
受けのイメージが強い将棋ですが、最近は積極的に攻めていく手が増えているように思います。
山崎
最新の研究課題となる将棋は攻め合いになることが多いので、それに合わせているのかもしれません。また、負けにくい形にしながら攻めてくるのが、うまいです。もちろん、持ち味の粘り強さも健在です。
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対する羽生王位は?
松尾
珍しく負けが込んでいますが、ずるずる行くイメージはないですね。
山崎
でも、名人戦ではどんどん内容が悪くなっていったのが、やはり気になります。
松尾
横歩取りの対策に苦心されているように見えますが、いろいろな指し方を試されていて、どれがいいのか探っている感じがします。
山崎
忙しいから落ち着いて研究するひまがなく、対局中にいろいろ考えているのでしょう。確かに実際指してみないと分からないこともありますし、別の手を発見することもあります。
松尾歩八段
松尾
最近は開かれていませんが、両対局者と村山慈明七段と私の4人が研究会をやっていました。羽生さんが勝つことが多かったと思います。研究課題の局面についてみんなで意見を出し合うこともありましたが、研究は基本的には一人でされていると思います。
――
7番勝負の見どころは?
松尾
羽生王位は若手とのタイトル戦が続きましたが、将棋の感覚が世代によって違うので、やりにくさがあったでしょう。木村八段とは年も近く、対戦も多いので、やりやすさはあると思います。
山崎
両者は時間の使い方も含め、波長が合っています。私が興味深いのは、木村八段の出だしの作戦です。じっくりとした展開にして互いの力を出し合うのか、横歩取りのような研究勝負に持ち込むのか。
松尾
戦法の鍵は、どちらかといえば木村八段が握っていると思います。第1局の出方で、シリーズ全体の流れが分かるのかもしれませんね。
山崎
歩取りは木村八段の土俵ではありませんが、勝負にこだわるのならそれもありかなと。同じリーグで戦い、王位戦に懸ける思いを感じました。
松尾
前回はがっぷり四つの将棋が続きましたが、今回は木村八段の積極的な将棋が見られ、雰囲気の違うシリーズになるような気がします。どちらになっても、両者なら熱戦が期待できますね。