エッセー

 昨年、日本中に王位戦フィーバーを巻き起こした藤井聡太王位が防衛戦を迎える。挑戦者の豊島将之竜王は、藤井に6勝1敗と大きく勝ち越しており、外野から見れば最強≠フ挑戦者がやってきたといえる。
 しかし豊島は「(藤井王位は)強敵だが、いい勝負にしたい。精いっぱい指したい」と謙虚。藤井の強さを冷静に分析しているのか、過去の数字はまったく意識していない様子だった。
 藤井も、豊島同様に対戦成績は気にすることなく「(豊島竜王との)初対局のときは完敗で勝負にならなかった印象。それ以降、大幅に負け越してはいますが、内容的には競った感じになってきているかな」と、直近の対決で初勝利をあげて、むしろ手応えを感じているようにも見えた。
 過去は過去、この七番勝負で改めて勝負をつけようと両者ともに感じているのではないだろうか。
 二人は、人工知能(AI)をつかった将棋研究の先端を走っている。そして自分自身で深く考えることをとても大切にしている。
 豊島は「AIで検討するのは深く考え抜いた局面にしなければ、自分にとってプラスになるかはわからない」と自戒も込めて語っていた。「不安定な思考のままAIに頼ると、考える力が落ちたり、自分の持つ将棋の感覚に自信がなくなってしまったりと悪影響もある」というのがその理由だ。AIを早くから取り入れてきた豊島だからこそ持てる実感だと思う。
 藤井も、AI研究において自分で考えることが大切と強調した上で「AIがすごく強くなったことで可能性が広くなり、自分が強くなる余地がたくさんあることがわかった」とAIの急速な進歩を、むしろ自身の向上の好機ととらえていた。
 今期七番勝負について、藤井から「違う戦型を採用することがあるかと思う」との発言があった。これまで角換わりを選択することが多かったが、比較的に指すことの少なかった相掛かりや矢倉を豊島にぶつけてみようと考えているようだ。探究心の強い藤井が、新しい境地に飛び込もうとしている。
 そんな藤井に対して、自在に変化する豊島がどのような序盤戦術を見せるか。最新の研究が表れる七番勝負になるのは必至だ。
 もちろん両者は中終盤のねじり合いにも定評がある。積極的に指したいと話している豊島の攻めを、藤井が受け止めるスリリングな展開が随所で見られるだろう。
 藤井が防衛し長期政権への礎を築くか、豊島が奪取するか。今後の将棋界の覇者を決めるであろうシリーズを1局でも多く楽しみたい。

(森本孝高[もりもと・よしたか]=新聞三社連合、敬称略)

木村九段・飯島八段対談

藤井聡太王位(18)=棋聖=に、豊島将之竜王(31)=叡王=が挑む「お〜いお茶杯第62期王位戦」(新聞三社連合主催)七番勝負が6月29日に開幕する。昨年、棋聖と王位を続けて獲得し二冠となった藤井の防衛戦。59期以来の奪還へ名乗りをあげた豊島は藤井に6勝1敗と大きく勝ち越しており最強≠フ挑戦者といっていいだろう。両対局者に、七番勝負に臨む意気込みを聞くとともに、前王位の木村一基九段と(48)と飯島栄治八段(41)に勝負の見どころを語ってもらった。

木村一基九段×飯島栄治八段

――
挑戦者が豊島竜王になりました。
木村
リーグ戦では急所の一番だった澤田さん(真吾七段)との一戦で快勝。挑戦者決定戦は、羽生さん(善治九段)を相手に受けきって勝つ内容でした。充実していると感じます。
飯島
挑戦者決定戦は豊島竜王の深い研究を感じました。
――
対する最近の藤井王位の調子は
木村一基九段
木村
勝率も将棋の内容も驚異的といっていいかと思います。作戦の立て方がうまいというか、研究が進んでいる現代将棋の中でも、藤井王位はさらに前を進んでいる印象があります。
――
両者は公式戦で藤井王位から見て1勝6敗。6連敗の後、直近の朝日杯で藤井王位がようやく1勝を返しました。
飯島
両者は公式戦で藤井王位から見て1勝6敗。6連敗の後、直近の朝日杯で藤井王位がようやく1勝を返しました。。
木村
直近の対局を勝ったのは、藤井さんとすればホッとしたでしょうし、連勝していた豊島さんとしては気持ちが悪いとは思います。私は五分と五分のまっさらな状態になったかなと捉えています。
――
両棋士と王位戦で七番勝負を戦った木村九段から見た両者の特徴は。
木村
大変似ていると言いますか、将棋界全体の傾向として研究が熱心になるにつれ個性がなくなるところがあります。強いて挙げるとすれば、豊島さんは序盤の作戦の立て方がうまいですね。藤井さんももちろんうまいのですが、豊島さんの方がより相手のことを常に調べ具体的に対策を練っていると感じています。藤井さんはなかなか倒れにくくて、終盤で形勢が悪くても最後まで諦めていないと感じました。両者それぞれ隙がないのですが、極端な言い方をすれば序盤の豊島、終盤の藤井のように感じます。
――
戦型予想は。
木村
ここ2年ほど流行していた角換わりは、最近やや下火になっています。じっくりした矢倉になれば研究は大切ですが、いまの矢倉は力戦調になりやすく後手が面白い変化もあります。感覚で勝負するなら矢倉。研究がものを言うなら相掛かりとなるかなと思います。
飯島
矢倉が出てくるのではと思っています。人工知能(AI)を使って新しいものを求めている両者がぶつかったらどのような序盤戦になるのかが興味深いです。
木村
去年の春、コロナの影響で移動を伴う対局が行われなくなった時期を経た後、藤井さんは矢倉の採用機会が増えました。対局のない期間を利用して研究したのでしょう。今年も藤井さんの対局が減った時期があって、それ以降はいままで指す機会が少なかった相掛かりの採用が増えました。藤井さんの先手で相掛かりが1局は出るのではと期待も込めて予想します。
飯島栄治八段
――
今回の七番勝負、将棋界の覇権争いにとって大きな意味がありそうです。
木村
七番勝負はやってみないと分からないところがあります。シリーズを通して戦っていく中で、新たに気づくことがあります。二日制でじっくり考えた結果、相手はこういう人なんだと感じることがあります。今回の王位戦でどういう勝負をするかによって、今後の藤井―豊島戦にしばらく影響がある気がします。
飯島
格付けができるということでしょうか。
木村
どちらかが4連勝のように大差になったらあるでしょうね。僅差だったら気にならないでしょうが。
飯島
この七番勝負は、今後に語り継がれる名シリーズになることは間違いありません。天下分け目の決戦と言っていいのではないでしょうか。ちなみに木村先生の勝敗予想は?
木村
4―3でどちらが勝つかは分かりません。1局でも多く二人の対戦を見たいですね。