加藤桃子女流王座が五番勝負を振り返る(part3)
座談会 加藤桃子女流王座 深浦康市九段 瀬川晶司四段

Part3 リコー杯女流王座戦第2局 「自分の力が出し切れなかった」

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トヨタフォレスタ第2局は愛知県のトヨタフォレスタになりましたが環境はいかがでしたか?
加藤
窓からの景色が緑が一杯で素晴らしかったです。自然が豊かな地元の静岡を思い出して懐かしい気持ちになりました。
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東京から移動しての対局は初めてですか?
加藤
はい。新幹線のグリーン車に乗ったのも初めてで緊張していたのですが、清水さんが気を遣ってくださり話かけてくださったおかげで緊張がほぐれました。
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では将棋の方を振り返ってみたいと思います。初手から▲7六歩△8四歩▲2六歩と進み横歩とりになりました。第5局の時は▲2六歩△8四歩▲7六歩と進み結局同じになりましたが初手を▲7六歩と▲2六歩で使い分けているのには何か意味があるのですか?
加藤
いや、同じにしなかった理由はすごくくだらないんですけど後で棋譜検索をした時に▲7六歩も▲2六歩もどっちもできるよと相手にチラつかせるためにやったんです。
深浦・瀬川
ほぉー。すごい。深いねぇ。
加藤
ほんとくだらなくてすいません。。
瀬川
俺もそうしよう(笑)。
加藤
この清水さんの横歩とりの△8四飛~△1四歩~△1五歩は今までやられたことがなかったのでどうすればいいのかわからなかったです。
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清水さんがこの将棋を指してくることは想定はしていたのですか?
加藤
はい。自分なりに調べてきました。でもどの対策がいいのかどの実戦例を参考にするかの見極めが難しかったです。でも感覚がわからなくて。やっぱり横歩とりとかは実際にやっていかないとわからない部分があります。
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第1局の清水さんの相掛かりというのは予想通りでしたか?
加藤
第1図は28手目△94歩まで後手が1筋を突きこした上に9筋までついてなかなか△6一金と△7一銀を動かさないというのはどういう意図があるのですか?
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いろいろと研究し尽くされた形なのですが△7二金△6二銀とすると王様が狭くなってしまうのと先手の様子をみて△7二銀とあがる余地を残しています。結局、後手が手詰まりになってしまう展開が多くこの戦型はあまりやられてないのですが清水さんは独自の研究をもって続けていらっしゃいます。
加藤
この△9四歩に対して受けなかったのですが、受けると△7二銀型にされるのが嫌でした。過去の実戦例では△7二銀型にされると先手が攻められる展開が多かったので今回は端歩を受けませんでした。
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ここで▲3六歩と突いたのですね。
瀬川
先手は必要な手だけを指している感じがします。
 
【第1図以下の指し手】
▲3六歩△8六歩▲同歩△同飛▲3五歩△8五飛(第2図)
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そうでしたか。でもその割には指し手はどんどん進んでいったように見受けられましたが?
加藤
この▲7五歩の局面は前例が2局だけだったと思います。
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第2図は35手目▲75歩までこの局面で清水さんの同飛が新手だったとのことですね?
加藤
はい。前例はいずれも△8八角成▲同銀△7五飛でした。
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なるほど。角を換えないで単に▲同飛が新手だったのですね?
加藤
はい。でも事前に棋譜をならべている中で▲同飛だったらどうするんだろうとずっと思っていました。でも単に同飛だったらどうするんだろうと思ったタイミングが第2局に近かったので予定変更するわけにもいかず同飛と指されたら考えようと思っていました。そして第2局前日に自分なりに答えをだしたつもりだったんですけどあまりよくありませんでした。
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そうでしたか。前日にこの局面になるだろうと思っていたのですね?
加藤
はい。
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第3図は37手目▲77桂までそして▲7七桂と跳ねました。(第3図)
加藤
この▲7七桂ではどう指せばよかったですか?
瀬川
いや、わかんないけど▲7七桂は角が使えなくなってしまうので違和感があります。 でも何が正解かは難しい。例えば▲3三角成△同桂▲8六飛(変化図1)はどうですか?
深浦
この変化に自信がなければ▲7五歩とつくところで▲9六歩と端を受けて△7二金か△6二銀かどちらかを指させてから▲7五歩とつけば後手玉が狭くなっているのでまた違った展開になると思います。
加藤
変化図1▲9六歩と受けると△7二銀の展開を嫌ってしまったのですがあまり気にする必要はなかったですか?
深浦
後手としてもそんなに自信があるわけじゃないからね。
瀬川
気にしだすときりがないからね。こういう将棋はぼんやりした手が多くて、でもなんとなく後手が勝ちづらいイメージがあるのでやる人が少ないとは思うんだけど。
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ここではどちらとも前例があるのですか?
深浦
でもわからないなりに本譜はうまくリカバリーしたと思います。
 
【第3図以下の指し手】
△3五飛▲3七銀△7二金▲8六飛△8五歩▲5六飛△6二銀▲6八銀△7四歩▲3六銀△5五飛(第4図) )
加藤
第4図は48手目△55飛までここで▲8四歩と打つ手があることを知りませんでした。横歩とりをもっとやってたらこういう手は普通に考えたんだろうなと思います。
瀬川
いや、そんなことはないと思うよ。
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ここで▲8四歩はどなたがおっしゃってたのですか?
瀬川
うん、俺もよくわからない。
加藤
はい。でもこういう手(▲8四歩)を考えられたらなと思いました。すぐに▲4六飛って指してしまったので。
 
【第4図以下の指し手】
▲4六飛△7三桂▲3七桂△5四飛▲4五銀△2四飛▲2六歩△6四飛▲3六飛△3四歩(第5図)
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第5図は58手目△34歩までこの△3四歩は▲2五桂馬を受けた手ですね。▲同銀ですと△3五歩▲同飛△2四角▲3六飛△3五歩で飛車を逃げるしかありませんが▲3四の銀がとられてしまいます。また、△3五歩に▲3三銀不成も△3六歩▲3二銀不成△3七歩成と踏み込まれて先手がまずそうです。
深浦
この局面はどうみてたのですか?
加藤
△3四歩を打たれる前までは銀が中央にきているのでやれそうかなと思っていました。でも△7五歩~△7四飛が間に合ってしまうと困るので焦っていました。
深浦
第6図は62手目△33同銀までこの辺が清水さんが試合巧者なところですよね。△3四歩は受けの手なんですけど攻め将棋なので攻める形を間に合わせるために△3四歩という発想がでたのだと思います。 これで怖かった3筋が随分緩和されたのでうまいなぁと思いました。
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本譜はこの△7五歩を防いで▲7六飛とまわりました。そして△9五歩▲8四歩△2三銀と進みます。(第6図)。
深浦
一局目から一転して渋い将棋となりましたね。この局面は先手の角が使えていない分、後手の方が模様がいいと思います。
加藤
はい。この局面では▲6六歩と突いてまっておいた方がよかったですかね。本譜は▲2五桂馬と跳ねたのですが。
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控え室でも▲2五桂には驚いていましたね。でもこの手でいけると思ったのですね?
加藤
うーん。それ以外の手がわからなかったんです。いけるんじゃないかと思ったのですが・・。
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決断の一手でしたね。この▲2五桂も3分しか使っていませんでした。第1局目の時から決断の一手をわりとはやく指しているイメージがあるのですがこれはその前から決めているからですか?
加藤
はい、そうですね。でも今思えばこの局面だったらもっと考えるべきでしたよね。
 
【第6図以下の指し手】
▲2五桂△5五角▲4六歩△2四歩(第7図)
深浦
第7図は66手目△24歩までここで本譜は▲3三歩△4二金▲5六銀だったのですが後々のことを考えると単に▲5六銀の方がよかったのではないでしょうか?
加藤
角を△2二角に引かれてしまうと思ったのですが。
深浦
それなら▲3三歩で△4二金には▲5五銀があります。(変化2図)
加藤
あー、そっかそっか。あれー、▲3三歩打つ必要なかったですか。(しばらく考えた後で)そうですね、▲3三歩打つ必要なかったですね。
深浦
変化2図は▲55銀まで普通は利かしの一手なのですが▲8八角を捌くことを考えた場合、▲3三歩をいれるかいれないかが勝負としては大きなポイントだった気がします。
加藤
はい。
 
【第7図以下の指し手】
▲ 3三歩△4二金▲5六銀△4六角▲6五銀△同桂▲4六飛△2五歩▲8五桂(第8図)
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この局面はどう思っていましたか?控え室では当初この▲8五桂の跳ね違いが味がいいという評判でした。
加藤
第8図は75手目▲85桂まで対局中はいけるかなと思っていました。この後の△3五銀~△4六桂がそこまで厳しいとは思っていませんでした。
 
【第8図以下の指し手】
△3五銀▲8六飛△4六桂▲6九玉△3八桂成▲7三歩△7一金▲8三歩成△8七歩(第9図)
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この△8七歩が厳しい一手になりました。
瀬川
▲7三歩と打つところで先に▲3二歩成△同銀を利かすしかなかったですかね。(△8七歩に▲1一角成を用意した。)
深浦
しかし▲3二歩成も△同銀で固くなってしまいますので抵抗がありますよね。第9図は84手目△87歩まで
瀬川
こうなってみると先に深浦さんから指摘があった▲3三歩を打たないで単に▲5六銀だった方がよかったですかね。
深浦
ただ、▲3三歩を打たないと先手がまずい変化もありそうなので一概にはいえないです。本局は難しい将棋でしたが清水さんがうまくまとめたという印象があります。この△3五銀~△4六桂で勝てるとみた清水さんの距離感はさすがだと思いました。
 
【第9図からの指し手】
▲6六角△4四飛▲同角△同歩▲6六歩△4七角▲7九玉△6八金▲同金△7七銀(第10図)
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第10は96手目△77銀まで△8七歩▲6六角の交換をいれた後の△4四飛が決め手になりました。第10図では後手玉に迫る手がなく先手は受けても一手一手になっています。
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これで1勝1敗となりました。終局後に解説会会場にきて頂きましたがその時はまだ興奮状態が続いているのかなという印象を持ちました。
加藤
そうですね。とても悔しかったですね。この将棋は経験の差がでてしまい自分の力がだしきれていなかったなという後悔があって悔しかったです。
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深浦さん、この一局を振り返ってみていかがでしたか?
深浦
この一局は清水さんの局面のまとめ方や△4六桂~△3八桂成で勝てるとみた距離感、大局観の良さが光ったと思います。
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瀬川さんはいかがでしょうか?
瀬川
清水さんと加藤さんの経験値の差がでたかなという印象です。清水さんの終盤のまとめかたがうまかったと思います。
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以上で第2局の振り返りを終わりにしたいと思います。(part4)に続く

※2011年12月末日に収録。段位、肩書きは当時のもの。

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