加藤桃子女流王座が五番勝負を振り返る(part2)
座談会 加藤桃子女流王座 深浦康市九段 瀬川晶司四段

Part2 リコー杯女流王座戦第1局 「感情が高ぶっていた。」

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対談の模様いよいよ第1局がはじまりました。場所がニューオータニで多くの将棋関係者やファンが注目をされているなかでの対局になりました。緊張はされていましたか?
加藤
とても緊張していました。
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対局の前日はよく眠れましたか?
加藤
全然眠れなかったです。2週間前位からゆっくりと眠れてなかったです。
深浦
全然寝れていないというのは何時間位寝てたんですか?
加藤
ホテルニューオータニたぶん、本当は寝てたと思うんですけど心のなかでは寝れてないなと思っていました。
瀬川
そういうのあるよね。時間たってても寝れてないみたいな感じがね。
加藤
はい。
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第1局ということで振り駒で先手、後手が決まりますが正直どっちがいいと思っていましたか?
加藤
うーん。正直、後手番がいいと思っていました。
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それはどうしてですか?
加藤
後手番の時の対策を主に研究してきたからです。もし先手番だったら予想は第2局の時のような将棋(横歩とり)になると思っていたんですけど第2局もあまり力が出せませんでしたし、まだタイトル戦の感覚も掴めていなかったのでそれが第1局だったら結構ひどい将棋になってしまったかも知れません。
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第1局の清水さんの相掛かりというのは予想通りでしたか?
加藤
第1局振り駒はい。
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今回のような展開になるのも予想どおりでしたか?
加藤
はい。確率は高いと思っていました。
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研究どおりになったというのは少し安心しましたか?
加藤
はい。ただ途中まで本当に研究してきた通りになってしまい逆に疑心暗鬼になってしまいました。
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そうでしたか。でもその割には指し手はどんどん進んでいったように見受けられましたが?
加藤
そうですね。もっと途中でとまって考えるべきだったんですけど・・。つい指してしまって。
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加藤桃子女流王座それは緊張とかが関係あるのですか?
加藤
感情が高ぶってしまっていて。
深浦
初めてのタイトル戦の第1局目でどんどん指していきましたよね。
瀬川
そうだよね。第1局目は進行がはやかったよね。
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午前中で終わっちゃうんじゃないかと思うくらいでした。
深浦
ネット中継のコメント欄みたら途中で手がとまって関係者がほっとしたというコメントがあったくらいでしたね(笑)。
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逆に清水さんも指し手がはやかったですよね?
加藤
そうですね。この将棋は前例(中川大輔八段―飯塚祐紀七段平成23年B級2組順位戦)をなぞっているので私もそうなんですけど清水先生も前例をふまえながら指していたのではないかと思います。
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清水さん自身はこの将棋の経験はあるのでしょうか?
瀬川
清水さんが経験があるかどうかはわかりませんが少し前(9月9日)に中川―飯塚戦があったのでそれを研究してきたことは間違いないと思います。飯塚さん(後手)は怖くて二度とやらないといっていましたが(笑)。
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それでは実際に局面を振り返ってみたいと思います。
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第1図42手目△75歩までこの局面(第1図)までは想定の範囲だったのですか?
加藤
はい。ここで▲7三歩か▲7四歩のどちらかかなと思っていました。
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ここではどちらとも前例があるのですか?
加藤
はい。私の使っている棋譜データベースでは▲7四歩が1局あったと思います。ありましたよね?
深浦・瀬川
いや、わかりません(苦笑)。
瀬川
加藤さんが一番詳しいと思います。▲7三歩はあったと思いますが。
加藤
確か中原先生対羽生先生の将棋(平成11年A級順位戦)で▲7四歩があったと思います。でもその一局しかなく、その将棋もよく答えがわかっていなかったんですけど▲7三歩の方が実戦例が多かったので▲7三歩と指してくると思いました。
 
【第1図以下の指し手】
▲7三歩△6三銀▲3七桂△4三金左▲6六角△5一玉▲4四銀△3四金▲3五歩△4四金▲同角(第2図)
加藤
第2図53手目△44同角までここ(第2図)で結構考えたと思うんですけど。
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4分しか考えていませんが・・・。
加藤
あれ(笑)この局面になるまでにこの局面を想定して考えていたんですよ。
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はい。そうですね、この前までに小刻みに時間を使っています?
加藤
ここで本譜の△3三銀打以外に△3三歩もあるんじゃないかと思っていました。△3三歩は攻められて悪いみたいなことが中川八段―飯塚七段戦の中継サイトで書いてあったのですが受けとめることができるんじゃないかなと思っていました。?
瀬川
△3三歩だと▲4五桂馬跳ねてくるよね?
加藤
変化図△33同銀までそこで△4二玉とあがって▲3四歩に△4三金▲3三歩成△同桂▲同桂成△同銀の変化を検討していました。(変化図)▲2三飛成には△4六桂~△1四角の王手飛車の筋もあります。△3三歩だと本当に悪いのかなと思っていました。
ただ、一方的に攻められる展開になり清水先生の得意な展開になると思い断念しました。
瀬川
確かにやってみないとわからないですね。
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そうでしたか。でも対局中は本譜の△3三銀打にしようというのはこの局面の少し前から決めていたわけですね?
加藤
そうですね。△3三銀打の方が気持ちが上でした。一方的に攻められるとまずいなと思ってしまっていたので△3三歩は指せなかったです。
 
第3図は55手目▲66角まで【第2図以下の指し手】
△3三銀打▲6六角
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この清水さんの▲6六角で前例を離れたわけですね。
加藤
はい。前例は▲5五角△5四歩の交換をいれて▲6六角でした。
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ここで10分で△7六歩は随分気合がいいなと思いました。控え室でもここは考えるんじゃないかといわれていました。
加藤
そうですよね。もっと考えるべきでした。実は▲5五角だと思っていてその後を研究していました。△5四歩▲6六角△7六歩▲3四歩に△7一角(変化図2)があるかなと思って。ないですかね?
一同
変化図2△71角までほぉー。
深浦
(少し考えた後に)これは誰と研究したのですか?
加藤
自分で研究しました。
深浦・瀬川
自分で?
加藤
はい。
深浦
▲4六飛車だと?
加藤
歩を叩いて。(△4五歩)
深浦
難しいですね。
瀬川
▲4五同飛車だと△3四銀出られちゃうか。
加藤
でも▲2二角成△4五銀▲同桂と桂馬が跳ねられちゃうんでわからないんですけど。
一同
うーん。難しい。
加藤
前例と同じになった場合は一直線にいかないでどこかで手を戻すのかと考えていました。本譜は▲6六角でしたので△7一角の筋はなくなってしまったんですけど先手が一直線で攻めてきた時に△5四歩をついていない分、後手が得をしていると思い、いくしかない(△7六歩)と思っていました。ただ、△4四歩と打っておいた方が△5四歩とついていないことが活かされていたのではないかと後から思いました。
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本譜は△7六歩に▲3四歩と攻め合いになりました。まだ昼食休憩(12時)になっていないんですよね?
加藤
そうですよね。しかも実は当時は昼食休憩が12時からってわかっていなくて12時10分(注:通常の将棋連盟での対局は12時10分から休憩に入ることが多い)だと思ってしまっていて(笑)。いきなり清水さんのところで昼食休憩になってしまったのでびっくりしました。
 
第4図60手目78とまで【第3図以下の指し手】
△7六歩▲3四歩△7七歩成▲3三歩成△7八と(第4図)
加藤
局面のことを考えていました。△7八とに▲同銀の変化で後手があまりよくないのを見つけてしまったからです。▲同銀には△3三桂と戻すしかないと思うのですが▲3四歩と打たれて自信が持てませんでした。
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そうですか。ここでは▲7八銀の方が嫌だったということですね?
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はい、そうです。再開して▲4二とだった時は一瞬ありがたいと思ってたんですけど。対局中はこの変化でも負けだということに気がついていなかったんです。
 
【第4図以下の指し手】
▲ 4二と△同金▲2二角成△7九と▲2一馬△3二歩(第5図)
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第5図66手目32歩までこの△3二歩には30分以上考えていました。直前の▲2一馬は予想外の手だったのですか?
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はい。予想していませんでした。次に▲7一銀と打たれる手が詰めろになることを▲2一馬と指されるまで気がついていませんでした。
詰めろでなければ△6九角から寄せにいこうと思っていましたが詰めろだということに気がついてしまったので受けるしかないと思い△3二歩と指しました。
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この△3二歩は控え室でも評判がいい手でした。
瀬川
確かに。次に飛車が成れますしね。
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そしてこの直後に清水さんが指した▲8六歩が敗着となってしまいました。この局面では何を指されるのが嫌でしたか?
加藤
そうですね。どう指してくるのかな?と思っていました。後から▲7一銀と打たれたら負けだとわかったのですが対局中はわかっていませんでした。ですので本当にどう指してくるんだろう?って思っていました。?
瀬川
▲7一銀だと先手が勝ちなのですか?
加藤
変化図3▲32桂成まではい。△8七飛成に▲6二銀打△5二玉▲4四桂△4三玉▲2三飛成△3三金打▲3二桂成(変化図3)で先手が勝ちのようです。
瀬川
確かに△3三金打と使わせて▲3二桂成と指せば先手玉は詰まず、後手玉は受けがないので勝ちですね。しかし、先手からみると後手に飛車さえ成らせなければもう少し持ちそうな気がするから▲4四桂~▲3二桂馬成の筋がみえないと▲8六歩と指してしまいそうな気がします。
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△8七飛車成とされると次に竜で王手されると先手も一枚駒を使わなければならなくなってしまいますしね。
瀬川
そうですよね。
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清水さんとしても本譜のようにすぐに先手玉が危なくなるとは思ってなかったんでしょうかね?
瀬川
そうですね。今、局面をみてもそんなにすぐに寄るようには思えないから。
深浦
でも清水さんの棋風とこの将棋の流れなら▲7一銀と打っていたと思います。
瀬川
そこはやはり加藤さんの勢いがあったんでしょうね。
深浦
▲8六歩は清水さんらしくない手だったと思います。
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逆にこの後の加藤さんの寄せが見事だったということですかね?
深浦
そうですね。この後の加藤さんの寄せはお見事でした。
 
【第5図以下の指し手】
▲ 8六歩△6九角▲4九玉△5八銀▲3九玉△4七銀成▲5五桂△3六桂(第6図)
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第6図74手目△36桂までこの3六桂が決め手になりました。▲同飛は△3八成銀~△3六角成と飛車をとって先手玉は必至。後手玉は詰みません。
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こうして第1局を勝利で終えることができましたがそれについての感想をお願いします。
加藤
五番勝負が始まる前までは自分が清水さんに勝てるのかがわからなくて不安でした。第1局で勝つことができたのは自信になりました。
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緊張感から開放されてほっとしましたか?
加藤
はい、そうですね。
深浦
打ち上げの時はたくさん食べれましたか?
加藤
はい。たくさん食べました。
深浦
ハヤシライス一口じゃあお腹がすきますよね。
加藤
そうですね(笑)。
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対局中はお腹がすきませんでしたか?
加藤
おやつのショートケーキの苺だけ食べました。気合をみせるためにおやつを全部食べようと思ってたんですけど清水さんは手をつけられていなかったのでちょっと遠慮しました(笑)。っといいますか局面が切迫してそれどころじゃなかったんですけど。
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第1局終局後の加藤女流王座この一局を振り返ってみて深浦さんの目からはいかがでしたか?
深浦
タイトル戦の第1局目でギリギリの攻めを読んで勝ちきったというのは素晴らしいことだなと思いました。僕はこの第1局の終盤の攻めぎあいと第2局の横歩とりの手将棋が印象に残っています。終盤の攻めぎあいもできるし、序盤の組み立てもできるということで加藤将棋の片鱗をみることができました。これはとてもおもしろい五番勝負になるなと思いました。
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瀬川さんはいかがでしょうか?
瀬川
終盤がとてもおもしろい将棋で清水さんに勝ちがあったとはいえとても難しい順でしたし清水さんの得意戦法に堂々と勝ちきったのが素晴らしいと思いました。これで五番勝負も楽しめると思いました。
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ありがとうございました。以上で第1局の振り返りを終わりたいと思います。(Part3に続く)

※2011年12月末日に収録。段位、肩書きは当時のもの。

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